隋末の混乱期から唐の創業までの物語です。
隋末の混乱期、煬帝のことは、
【煬広(煬帝)
は倦んでいた。反乱が相次いでいるのも知っている。側近がそれを隠しているのも知っている。凶報が届かないようにするのは簡単であった。余計な報告をするもの、正論をふりかざす者を、片端から斬ればよい】と書いています。見事なまでの乱れっぷりです。
そこで、李淵・劉武周、竇建徳、李密、宇文化及、薛仁果、王世充、李軌といった、魅力のある人もない人も、品のある人のない人も、いろいろな人物が中原に鹿を追うわけですが、この本の主人公はもちろん、李世民。李淵の次男です。
ちなみに李淵のことは
【李淵は・・・・・心を痛めていた。心を痛めていただけであった】と決断力のなさを表現していたりするわけですが、人の上に立つものとしては優れた人で、
【李淵は、身分の高下を考慮せず、功の大小によって恩賞を施したので、兵士たちは感激し、総大将への尊敬を深めた】と書いています。
しかし、繰り返しますが、この本の主人公は李世民。上記すべての人の事を書くのは難しいので李世民に関することだけ書いてみたいと思います。
【若さゆえか、覇気ゆえか、李世民には、人間の感情に奇妙にうといところがあるように見うけられた。人物にたいする好悪の判断も明確で、いったん好ましく思えば味方につけようと意をつくし、悪く見れば、みずからたたきつぶそうとする。清濁あわせのむことはできそうにない。が、それでいいのだろう。李世民は次男であり、皇太子となるわけではないのだ。唐朝の剣として、統一と安定のためにつくすのが、彼の役割である】。あくまでも次男として活躍することが、この本の大部分です。
そして、李世民も部下の心をつかむのが上手く、
【用いる? それはちがうな。私はみなとともに新しい世を創りたいだけだ】とか、
【私は天の助けより、みなの力を信じたい】とか、いったりします。
【力なき民を虐げる者を、私は信用できない】といってみたり、創業に関しても優れたところを示しています。
その他。
【貞婦は破亡の家に嫁がず、賢臣は絶滅の国を佐けず】 【心が通じぬ者もおりましょう】 【友誼ではなく実利にせまられた同盟は、磐石のものではなかった】 【王朝を安定させるには、上に立つ者が率先して秩序を守らねばなりません】参考文献:
『李世民』 小前亮 講談社文庫作成:08年12月11日